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鹿児島地方裁判所 昭和44年(む)238号 決定 1969年8月06日

主文

各被疑者に対し昭和四四年八月四日なした勾留の裁判のうち勾留場所を鹿児島刑務所と指定した部分をいずれも取り消す。

各被疑者に対する勾留場所をいずれも鹿児島警察署代用監獄とする。

理由

(一)  本件各準抗告申立の理由は、別紙準抗告申立書記載のとおりであるからこれを引用する。

(二)  一件記録によれば、昭和四四年八月四日鹿児島地方裁判所裁判官酒勾武久は、本件各被疑者に対する贈収賄被疑事件について鹿児島地方検察庁検察官野田義治のなした各被疑者を鹿児島警察署留置場に勾留する旨の勾留請求に対し、勾留場所を鹿児島刑務所としたうえ勾留の裁判をなしたことが明らかである。

(三)  しかしながら、疎明資料によれば、鹿児島刑務所においては、拘置監としての施設を欠き被疑者等の取調に利用しうる物的設備としては同一監房内に存する二室のみであつて、取調室における取調の状況は、監房内の服役囚に対しては勿論他方の取調室における被疑者にも容易に洩れるおそれがあるばかりか、同刑務所の管理運営の必要から時間外の取調および証拠品の持込も制約をうけ、そのため捜査の遂行上多大の不便を生じることが認められる。一説は、監獄法第一条第三項に「警察署ニ附属スル留置場ハ之ヲ監獄ニ代用スルコトヲ得」とある「代用」の字句に着目し、かかる代用監獄に勾留することを例外的なものとし、したがつて代用監獄を勾留場所とするにはやむをえない事情が存在しなければならないとするが、同項は、本来監獄ではない警察官署においても監獄業務を行なわせることができる旨を規定するのにとどまり、具体的被疑事件の被疑者の勾留場所を代用監獄とするについて特別の要件を付加する趣旨までも包含するものとはとうてい解されない。したがつて、代用監獄であるという一事をもつて、一般的抽象的に勾留場所として不適当とみるのは相当でない。ことに捜査の必要を充足させるためにはあまりにも不十分といわなければならない現今の本来的監獄施設の実情を直視するならば、代用監獄制度の運用にきびしい限定を加えることは、極めて非現実的な態度といわなければならない。ただ、問題は、事案により被疑者を捜査機関たる警察官署に附置された代用監獄に勾留することが明らかに捜査権の濫用ないしは被疑者の防禦権の侵害と認められる場合が全く考えられないわけではないから、裁判所がもつ司法的抑制の機能を発揮してそれを是正する必要がある場合のあることは勿論である。しかしながら、本件においては、一件記録を精査しても、各被疑者を代用監獄に収容することが捜査権の濫用ないし被疑者の防禦権の侵害であると認むべき事情は毫も存在しない。したがつて本件においては、検察官の請求と異なる勾留場所を指定すべき特段の事情は存在しないから、原決定中、勾留場所の指定に関する部分は、結局相当でないことに帰する。

(四)  よつて、本件において各被疑者を代用監獄たる鹿児島警察署の留置場に収容することは、相当というべく、各被疑者の勾留場所の取消変更を求める本件準抗告の申立は理由があるので、刑事訴訟法第四三二条、第四二六条第二項により主文のとおり決定する。(飯守重任 松本敏男 橋本享典)

準抗告申立書

収賄 山内誠二

右の者に対する頭書被疑事件について、昭和四四年八月四日、鹿児島地方裁判所裁判官酒匂武久が被疑者の勾留場所を鹿児島刑務所と定めた裁判に対し、左記のとおり準抗告を申立てる。

第一、申立の趣旨

被疑者を代用監獄である鹿児島警察署留置場に勾留して捜査する必要が顕著であるため、本件勾留請求にあたり勾留場所を鹿児島警察署留置場と指定されるよう請求したのに、右勾留請求はこれを認容しながら、勾留場所については同署留置場とするの理由がないとして、これを鹿児島刑務所と定められたことは判断を誤つたものであるから右裁判を取消したうえ、被疑者を鹿児島警察署留置場に勾留する旨の裁判を求める。

第二、理由

別紙のとおり。

昭和四四年八月四日

鹿児島地方検察庁

検察官検事

鹿児島地方裁判所 御中

(理由)

一、本件勾留請求にあたり、検察官より被疑者の勾留場所として鹿児島警察署留置場を指定されるよう請求したが、鹿児島地方裁判所裁判官は、昭和四四年八月四日、被疑者の勾留場所を鹿児島刑務所と定めたうえ、勾留請求はこれを認める旨の裁判をした。

二、被疑者を鹿児島警察署留置場に勾留して捜査する必要があることについての理由は左記のとおりである。

1 被疑者は、本件酒食饗応の事実を認めるも、趣旨の点については、言を左右にして実質的にはこれを否認しているばかりか、供述自体が極めて曖昧で、なお、被疑者らの結びつき、職務権限、検査の対象となつた工事の実態、同検査の状況、本件犯行に至る具体的事情など送致警察署においてさらに補充捜査の必要がある(因みに、本件の送致官署は、種子島警察署となつているが事件捜査は、県警本部捜査二課が担当し取調べをなしているものである)。

なお、右補充捜査を行なううえにおいては、本件事案の性質上、多量の押収証拠品を呈示して取調べを要するものがあつて、取調警察官が鹿児島刑務所に取調べに赴き、その都度、多量の証拠品を持ち込み捜査を継続することは極めて困難であるばかりか、一件記録によつて明らかなように、被疑者らには同種余罪が多数認められる以上、これらをも併せ捜査を遂げなければ、本件事犯の全貌を明らかにすることを得ず、被疑者らの刑事処分を決定するについても多大の支障をもたらすものである。

2 とくに別添電話聴取書記載のとおり、鹿児島刑務所内には取調べ可能と認められる居室は、僅か二室(一室の広さ約3.7平方米)しかなく、いずれも同一監房内にあり、両室は廊下(巾約2.7米)を隔てて併在し、一方の取調室における取調状況が監房内の服役囚は勿論他の取調室における被疑者にも洩れる危険性が大であるばかりか、同刑務所の管理運営上からも、時間外の取調べは禁ぜられ、多量の証拠品等の持込みは、その都度点検を要して、完壁な取調べはきわめて困難である。

3 しかも、公訴提起前であるから公判審理に支障を来す虞れは全くなく、また、被疑者を鹿児島警察署留置場に勾留することによつて被疑者の防禦権が不当に侵害されることも全くない。

三、以上、勾留場所を鹿児島警察署とせず、これを鹿児島刑務所と定めた裁判には到底承服できないので、右裁判を取消し、被疑者を右警察署留置場に勾留する旨の裁判を求むべく本件準抗告に及ぶ次第である。

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